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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)6337号 判決

原告

木曽和枝

ほか三名

被告

藤田勝之

ほか七名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告藤田勝之は、原告木曽和枝に対し、金七〇〇万円及び内金六三〇万円に対する昭和五二年四月一六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告藤田勝之は、原告木曽将隆、同福本文子、同田辺美津子に対し、それぞれ金二五〇万円及び内金二三〇万円に対する昭和五二年四月一六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告臼井きみ子は、原告木曽和枝に対し、金二一二万三〇〇〇円、原告木曽将隆、同福本文子、同田辺美津子に対し、それぞれ金八七万一〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  被告臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子は、各自原告木曽和枝に対し金一〇六万一〇〇〇円、原告将隆、同福本文子、同田辺美津子に対し、それぞれ金四三万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  被告錦見裕司、同錦見勝美は、各自、原告木曽和枝に対し金五三万円、原告木曽将隆、同福本文子、同田辺美津子に対し、それぞれ金二一万七〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

6  被告和歌山県共済農業協同組合連合会は、原告木曽和枝に対し、金一一〇万六六六六円、原告木曽将隆、同福本文子、同田辺美津子に対し、それぞれ金七三万七七七七円及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用は被告らの負担とする。

8  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

被告全員

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和四八年一一月三日午後三時二〇分頃

(二) 場所 大阪府泉南郡岬町多奈川谷川三〇七三番地の一先路上

(三) 加害車 普通乗用自動車(和四は七三一七号)

右運転者 被告藤田勝之(以下、被告藤田という)

(四) 被害車 足踏式自転車

右運転者 訴外木曽義政(以下、義政という)

(五) 態様 義政が、自転車に乗つて東進し、道路南側へ右折した際、対向してきた加害車と衝突した。

2  責任原因

(一) 被告臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美の責任

運行供用者責任

訴外臼井義一は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。したがつて、右臼井義一は、運行供用者として義政ら原告らの蒙つた後記損害を賠償すべき責任を負担していたところ、昭和五一年一一月三日死亡した。被告臼井きみ子は、亡義一の妻、被告臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子は亡義一の嫡出子、同錦見裕司、同錦見勝美は亡義一の非嫡出子である。よつて、右被告六名は、法定相続分に応じて亡義一の債務を、すなわち、妻きみ子は一二分の四、嫡出子である貞行、稔夫、恵美子は、各一二分の二、非嫡出子である裕司、勝美は各一二分の一宛各相続した。

(二) 被告藤田の責任

(1) 運行供用者責任

被告藤田は、前記臼井義一から加害車を借り受け、本件事故当時、加害車を自己のために運行の用に供していた。

(2) 不法行為責任

本件事故は被告藤田の前方不注視の過失によつて発生したもので、被告藤田は、民法七〇九条により、後記義政や原告らの蒙つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 受傷・治療経過等

義政は、本件交通事故により、脳挫傷、頭部挫創、左大腿・左下腿開放性骨折、左膝関節内骨折、左下腿筋群挫滅創、骨盤部打撲皮下血腫、腎損傷、肝障害、急性化膿性骨髄炎の疑い、血清肝炎併発の傷害を受け、昭和四八年一一月三日から昭和四九年七月二九日まで二六九日間玉井整形外科・内科病院に放て入院治療を受け、右病院を退院後は、三浦医院から痛み止めの薬をもらつて常用していたが、昭和五二年四月一六日脳梗塞により死亡した。

亡義政は、本件事故当時六二歳で、毎日自転車で清涼飲料水を配達に従事する等健康状態は良好であつた。しかし、本件事故のため、意識不明の状態が三週間程続き、意識回復後も計算能力は低下し、また入院中わけのわからないことを言つて、わめいたりして、他の入院患者に迷惑をかける等の異常行動を示し、本件事故後から死亡するまで頭痛を訴えていた。退院の際の事情も、義政の病状は退院できる状態ではなかつたが、前記のとおり義政がわけのわからないことを言つてわめくため入院患者に迷惑をかけることや、被告藤田より退院してくれと言われたことから、医師の指示によらずに退院したものである。

義政は、退院後、昭和五〇年の夏ころまでは時々縁側に出ることもあつたが、同年の冬には寝床に臥したままで、昭和五一年一一月頃からは起き上ることも出来なくなり、自分で便所にも行けない状態となり、頭部や足の骨折部分の痛みを訴えていた。昭和五六年二月からは、隔日に医師の往診を必要とするまで悪化し、遂に死亡するに至つた。

本件事故前の義政の健康状態や本件事故後死亡するまでの同人の病状等を総合して考慮すると、同人の死亡は、本件交通事故によるものと解するのが相当である。

また、百歩譲つて因果関係が一部不明であつたとしても、判明した割合に応じ、割合的認定がなされるべきである。

(二) 損害額

(1) 義政の損害

イ 休業損害

義政は、灯油等の燃料や清涼飲料の販売、田畑各一反歩の耕作により、六〇歳以上男子労働者の平均賃金相当額(昭和四八年賃金センサス)である一一万二四三三円を下廻らない月収を得ていたが、本件事故により昭和四八年一一月三日から死亡時(昭和五二年四月一六日)までの約四一か月間休業を余儀なくされ、その間四六〇万九七五三円の収入を失つた。

ロ 死亡による逸失利益

義政は、死亡当時六五歳で、前記イ記載のとおり、一一万二四三三円の月収を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は、昭和五〇年の簡易生命表によると六五歳男子の平均余命は一三・七六年であるから、死亡時から六年、生活費は収入の三割と考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、六八〇万四八六〇円となる。

(2) 相続

原告和枝は義政の妻、原告将隆、同文子、同美津子は、いずれも義政の子であり、義政の休業損害と逸失利益の合計一一四一万四六一〇円を、各相続分に応じて、原告和枝は三分の一(三八〇万四八七〇円)、原告将隆、同文子、同美津子は各九分の二(各二五三万六五八〇円)宛相続した。

(3) 原告和枝固有の損害 七〇〇万七〇〇〇円

イ 入院雑費 一三万四五〇〇円

一日当り五〇〇円、二六九日分

ロ 入院付添費 六七万二五〇〇円

一日当り二五〇〇円、二六九日分

ハ 葬儀費用 五〇万円

ニ 慰藉料 五〇〇万円

ホ 弁護士費用 七〇万円

(4) 原告将隆、同文子、同美津子固有の損害

イ 慰藉料 各一〇〇万円

ロ 弁護士費用 各二〇万円

(5) 損益相殺 一七一万円

原告和枝は、自賠責任保険から一六八万円(後遺症分)、被告から三万円、計一七一万円の支払を受けた。

(6) よつて、原告和枝は、前記(二)(2)(3)記載の金額の合計額から同(5)記載の金額を控除した九一〇万一八七〇円の、原告将隆、同文子、同美津子は、それぞれ前記(二)(2)(4)記載の金額の合計三七三万六五八〇円の、各損害賠償請求権を有するものである。

4  被告和歌山県共済農業協同組合連合会(以下被告共済という)に対する請求

亡臼井義一は、昭和四八年一〇月三日、被告共済との間で、加害車につき、共済期間を同日より一年間とする自動車損害賠償責任共済契約を締結した。

原告らは、自賠法五四条の五、一六条の規定に基づき、被告共済に対し、義政及び原告らの蒙つた損害のうち、右共済契約による共済金三三二万円(死亡による共済金五〇〇万円から、受領ずみの後遺障害補償金一六八万円を控除した額)を原告らの相続分に応じて(原告和枝は一一〇万六六六六円、原告将隆、同文子、同美津子は、各七三万七七七七円)請求する。

5  結論

(一) 被告藤田に対する請求

原告らは、被告藤田勝之に対し、前記3(6)記載の損害賠償請求権を有するが、本訴においては、原告和枝は内金七〇〇万円及び右七〇〇万円から弁護士費用七〇万円を控除した残額の六三〇万円に対する義政死亡の日である昭和五二年四月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の、原告将隆、同文子、同美津子は、それぞれ、内金二五〇万円及び右二五〇万円から弁護士費用二〇万円を控除した残額二三〇万円に対する前同日から年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。

(二) 被告臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美に対する請求

原告らは、亡臼井義一の相続人である右被告らに対し、各相続分に応じ、原告和枝は、被告臼井きみ子に対し三〇三万三九五六円、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子に対し各一五一万六九七八円、同錦見裕司、同錦見勝美に対し各七五万八四八九円の、原告将隆、同文子、同美津子は、それぞれ、被告きみ子に対し一二四万五五二六円、同貞行、同稔夫、同恵美子に対し各六二万二七六三円、同裕司、同勝美に対し各三一万一三八一円の、損害賠償請求権を有するが、本訴においては、請求の趣旨3ないし5記載の金員及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるる。

(三) 被告共済連に対する請求

原告らは、被告共済連に対し、共済契約に基づき、原告和枝は一一〇万六六六六円、同将隆、同文子、同美津子は各七三万七七七七円及び右各金員に対する昭和五三年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告藤田勝之

(一) 請求原因1項(一)ないし(五)記載の各事実を認める。

(二) 同2項(二)(1)事実を認め、同(2)の過失は否認する。

本件事故は、義政が右前方の安全を確認することなく、加害車の直前に飛び出してきたため発生したもので、被告藤田勝之には過失がない。

(三) 同3項(一)の事実中、義政が昭和五二年四月一六日脳梗塞によつて死亡したことは認めるが、死亡の原因が本件交通事故によるものであることは否認し、その余の事実は知らない。義政は、死亡当時六五歳の老人であり、一般に老人の脳梗塞による死亡率が高いことから、義政が本件事故によつて脳梗塞となつたものとは解し難い。

同3項の事実中、(5)の事実を認めるが、その余の事実は知らない。

2  被告臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美

(一) 請求原因1項(一)ないし(五)記載の各事実を認める。

(二) 同2項(一)の事実中、亡臼井義一が加害車を所有していたこと、右被告臼井きみ子ほか五名が亡臼井義一の相続人であることを認めるが、亡義一が運行供用者として損害賠償責任を負担していた点は争う。

(三) 同3項(一)の事実中、義政が原告ら主張の日に脳梗塞により死亡したことは認めるが、本件事故と右死因との因果関係については否認し、その余の事実は知らない。同項(二)の事実中(5)の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

3  被告共済連

(一) 請求原因1項(一)ないし(四)記載の各事実を認める。

同項(五)記載の事実は知らない。

(二) 同2項記載の事実については、いずれも知らない。

(三) 同3項記載の事実中、(二)(5)の一六八万円支払の事実を認めるが、同項(一)の義政の死亡が本件事故によるものであることを否認し、その余の事実は知らない。自賠責保険からの金員は、昭和五〇年七月八日症状固定した後遺症の補償金として、当時生存中であつた義政に対し支払われたもので、受傷時から死亡時までの年数、義政の年齢を考えると、同人の死は自然死と考えるのが相当である。

(四) 同4項記載の事実中、共済契約締結の事実を認め、その余は否認する。

三  抗弁

1  被告藤田勝之、同臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美

(一) 免責(自賠法三条但書)

(1) 本件事故は、義政の一方的な過失により発生したもので、加害車を運転していた被告藤田勝之には何らの過失がない。

すなわち、同被告が制限速度内で前方を注視しながら西進中、自転車に乗つて東進してきた義政が、右前方の安全を確認することなく、突然、対向する自動車の陰から加害車の直前に飛び出してきたため、本件事故が発生したものである。

本件事故現場付近の道路は、幅員も広く、自動車の通行量も多い場所で、このような道路を走行する自動車の運転者としては、交差点でもない場所で、対向車の陰から自車の直前に突然右折して飛び出してくる自転車の存在まで予見して運転する義務はなく、自動車の運転者が、右のような無暴な運転をする自転車はないものと信頼して運転したとしても、責められるべきではない。

よつて、被告藤田勝之には何ら過失がない。

(2) 本件事故発生当時、加害車には構造上の欠陥または機能の障害はなかつた。

(二) 過失相殺

仮に、被告藤田勝之に何らかの過失が存したとしても、前記のとおり、被害者である義政にも重大な過失が存するから、損害賠償額の算定については大幅な過失相殺がなされるべきである。

(三) 消滅時効

仮に、被告藤田勝之に過失が存するとしても、原告らの本訴請求は本件事故発生時から満三年を経過しているので、原告らの損害賠償請求権は時効により消滅した。

被告藤田勝之ほか六名(被告共済連を除く全被告)は、本訴において消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  免責の主張については争う。被告藤田勝之は本件事故直後の実況見分の際に、左方に気をとられながら進行していた旨述べていること、本件事故当時、西日が運転席を直射し前方注視が困難な状況であつたのに、同被告はサンバイザーやサングラス等を使用していなかつたこと、対向車は乗用車で車高も低いことから、自転車に乗つている義政が見えないはずはないこと等から、同被告に前方不注視の過失が存したことは明らかである。

2  過失相殺の主張についても争う。

被告藤田勝之には、右1で述べた如く、前方不注視の過失が存するうえ、制限速度を一〇キロメートル上廻る速度(毎時四〇キロメートル)で加害車を運転する等、重大な過失があり、また自動車対自転車という事故の形態からも、過失相殺を行うべきではない。

3  時効の主張については争う。

義政の死亡にかかる損害については、時効は問題とならない。

五  再抗弁

原告らは、義政の死亡の際(昭和五二年四月一六日ころ)に香典を出しており、時効は中断している。

六  再抗弁に対する認否

(被告藤田勝之ほか六名、被告共済を除く)

時効中断の主張については争う。被告藤田勝之が原告らに対し香典を渡したのは、義政に対する損害賠償金の内金として支払つたものではなく、本件事故の相手方が病死したということで香典を供したにすぎず、損害賠償金の一部の弁済としたものではないので、時効は中断していない。

第三証拠関係〔略〕

理由

第一  原告らの被告藤田、同臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美に対する請求について検討する。

一  請求原因1項及び同2項(一)、(二)(1)については、右当事者間に争いがない。よつて、右被告らは、後記免責の主張が採用されない限り、自賠法三条により、後記原告らの蒙つた損害を賠償する責任がある。

二  右被告らの免責の主張について判断する。

1  成立について争いのない甲第一号証、原告支曽和枝、被告藤田勝之、同藤田恵美子各本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場付近の道路は、府道岬加太線で、歩車道の区別のない幅員九メートルのアスフアルト舗装された二車線の道路で、道路の両側には民家があり、加太方面(西)にかけて上り勾配となつており(勾配の傾斜は一〇〇〇分の一三)、本件事故現場の手前(東側)には、幅員三・五メートル(南側)、同三・二メートル(北側)の道路との交差点(多奈川交差点)があり、同交差点には押釦式信号機が設置されている。本件事故現場付近の道路は、最高速度が毎時三〇キロメートルに制限され、駐車も禁止されている。

本件事故時の天候は晴で路面は乾燥しており、同日午後四時から五時まで実施された実況見分時の交通量は、三分間で一六台であつた。

(二) 被告藤田は、加害車の助手席に妻である被告藤田恵美子を、後部座席に娘二人を乗せ、大阪方面から加太方面(西方向)に向けて、道路の中央線に沿つて時速約三〇キロメートルから四〇キロメートルの速度で進行していた。本件事故現場手前の交差点の信号は、黄色の点滅であつたので、左右、特に進行方向左側を注意しながら、右交差点を通過したが、折りから夕日が正面から射していたため、西進する加害車からは、前方が見えにくい状態であつた。被告藤田は、加害者のサンバイザー等は用いず、またサングラスも使用していなかつた。

(三) 加害車が右交差点を通過した直後、対向車線を大阪方面に向けて進行してきた乗用車の後方から、義政の乗つた自転車が加害車の走行する車線上を斜めに横切る形で進行してくることを発見し(加害車と自転車との距離は約一一・五メートル)、衝突を避けるべく直ちに左に転把すると共に急制動の措置をとつたが及ばず、加害車左前部で右自転車をはね飛ばした。被告藤田は、義政の自転車が道路中央まで出てくるまで、全く右自転車の存在に気付いていなかつた。

衝突地点は、加害車の走行して車線上の中央線から約一・九メートル南寄りの場所であつた。

(四) 義政は、本件事故当時六二歳で、練炭、灯油などの燃料やサイダーなどの清涼飲料の小売業を営んでおり、本件事故当日は三〇本入りのサイダー一箱を自転車の荷台に積んで得意先に配達する途中であつた。同人は、運転免許を取得したことはなく、配達には自転車を使用していた。

以上の事実が認められ、右認定に反する被告藤田の供述は措信しえず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

2  右認定した事実によれば、本件事故の主要な原因は、自転車に乗つていた義政が、右前方の安全を十分確認せず対向車線を横断しようと、加害車の直前を進行したことにあるが、一方被告藤田においても、当時西日が進行方向の正面から直射する状況下にあり、前方右側の交通の様子が見えにくい状態で、しかも本件道路の両側には民家が立ち並び歩行者や自転車の横断等も予想される道路で、最高時速も三〇キロメートルと低く制限されている場所であるから、サンバイザーやサングラスを使用して夕日に眩惑されることなく前方注視に努めると共に、速度を落して安全を確認しつつ加害車を走行させる義務があるものと解される。同被告は、対向車があつたため対向してくる自転車が発見できなかつたと主張するが、対向車は乗用車であり、通常自転車に乗つた人の方が乗用車の車高よりも高いことは同被告も認めるところであり、対向して来る義政の自転車の動向に、もう少し早く同被告が気がついていれば、本件事故の発生が防止された可能性は大きいものと解される。したがつて、被告藤田には前方不注意の過失が認められるから、同被告に過失はなかつたとの右被告らの主張は採用しない。

右被告らは、本件事故現場付近のような幅員の広く、交通量の多い道路では、自動車運転者は自車の直前に突然右折して来る自転車はないものと信頼して運転しても良いのではないかと主張するが、前記認定の本件事故現場付近の状況、交通量等に照すと、未だ飛び出しはないと信頼して運転できるだけの客観的状態には至つていないし、被告藤田は本件事故の直前まで義政を発見していないのであるから、同人の行動等から、自車の直前に飛び出してこないものと同人を信頼するだけの根拠を有していたわけでもないので、右被告らの信頼の原則の適用により被告藤田に過失なしとの主張は採用出来ない。

3  よつて、右被告らの免責の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三  義政の死因と本件事故との因果関係について判断する。

1  成立について争いのない甲第二号証の一ないし四、甲第四号証ないし八号証、証人玉井丈博、同晒明の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 義政は、本件事故により、脳挫傷、頭部挫創、左大腿骨開放性骨折、左下腿開放性骨折、左膝関節内骨折、左下腿筋群挫滅創、右下腿挫創、骨盤部打撲皮下血腫、腎損傷の傷害を受け、昭和四八年一一月三日から昭和四九年七月二九日まで二六九日間玉井整形外科内科病院に入院し治療を受けた。同医院退院時にも、計算能力の低下と軽度の言語障害(舌がときどきもつれる)、頭痛が残つていたが、骨折部の治療が膝や足首の訓練期に入つており歩行が一応可能であつたことや義政や家族が退院を希望したので玉井医師は通院可能と判断し義政が退院することを認めた。義政は退院後は後遺症診断のため昭和五〇年七月八日ころ一度通院したのみで、玉井病院には通院しなかつた。義政の脳波検査は二回実施されたが、後遺症の診断時には特に異常波は認められなかつた。

(二) 玉井整形外科内科病院を退院後、義政は左のとおり、晒明医師の診察を受けた。

(1) 昭和五〇年八月二六日 老人性掻痒皮膚炎

(2) 同五〇年一一月一日、同五一年七月二〇日の二回「魚の目」の処置を受けた。

(3) 同五一年九月一日は、眠れないとの訴えで診察を受け、同医師が義政の血圧を測定したところ、最高値が一八〇、最低値が九〇と、やや高かつたものの、頭痛等の訴えはなく、腱反射はやや亢進していたが、病的反射はなかつたので、同医師は、義政に対する投薬を行なわず義政の魚の目の処置をした。

(4) 同五二年一月一二日、義政の家族から腰が痛くなつてるからと投薬を求められた。

(5) 同五二年二月二五日、義政が畳の上で倒れて腰を打ち痛くて歩けないとの訴えで、同医師が義政方に往診。血圧は、最高一八〇、最低九〇であつた。

(6) 同年三月一五日、足が痛く、指が動きにくいとの訴えで同医師が往診。

(7) 同年四月一一日、義政に意識障害があるとの義政の家族からの訴えで同医師が往診した。義政の意識は、混迷の手前で、両肢に硬直したような麻痺があり、瞳孔の対光反射はやや鈍、言語障害中程度、血圧は最高が一一〇、最低が八〇であつた。晒医師は、義政の症状は、脳血管障害によるものではないかと考え、脳梗塞と脳出血の確定診断のためにも家族に義政を即刻入院させるようにすすめたが、家族は義政を入院させることに消極的であつた。

(8) 同月一三日に同医師が往診した際は義政の意識障害の度合は進行し、昏眠(昏睡状態の一歩手前)の状態で、食物の経口摂取はほとんど不可能と、悪化していた。血圧も最高が八〇で最低が七〇であつた。

(9) 同月一四日になると、義政の意識は全く障害され、瞳孔の対光反射も非常に遅くなり、同日夜、晒医師が往診した際、三九度と高熱が出、同月一五日の深夜には、意識は全く消失し、高熱も続き(晒医師は、高熱の原因を嚥下性肺炎ではないかと判断した)、血圧は測定不能となり、遂に病状が好転しないまま、義政は同月一六日午前九時四〇分死亡した。

(三) 晒医師は、義政の死因につき、脳梗塞と判断したが、本件交通事故による受傷と、脳梗塞との因果関係については、義政を診察してきた経過では、同人や家族から昭和五二年四月一一日ころまで頭痛や意識障害等の訴もなかつたこと等から、本件事故の後遺症の有無等に関し診察しておらず、脳梗塞が本件事故により誘発されたか否かについては、良くわからないと述べており、また玉井医師も、事故後死亡まで四年経過していることや、退院後の義政の状況を良く知らないことから、本件事故と死亡との因果関係は、あるともないともいえないと述べている。

(四) 脳梗塞の原因としては、一般的に動脈硬化があげられること。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

2  右認定した事実及び義政の年齢等を総合的に考慮すると、義政の死因である脳梗塞が本件事故の受傷により誘発されたものとは認め難い。原告木曽和枝本人の供述中には義政が退院後死亡するまで頭痛等に悩まされていた旨の供述もあるが、前記認定の晒医師の診察経過等に照し、義政が、本件事故の後遺症に悩まされていたとしても、医師の診察を要するほど、重い症状が退院後から死亡時まで継続していたものとは、認め難い。

よつて、義政の死亡が本件事故によるものとの原告らの主張は採用しない。

四  損害

1  義政の損害

(一) 休業損害

前記二1(四)で認定したとおり、義政は本件事故当時六二歳で清涼飲料や灯油等の小売業を営んでおり、原告木曽和枝本人の供述によれば、義政は右商いのかたわら田・畑各一反歩を耕作して生計を立てていたことが認められ、同人の所得は昭和四八年度賃金センサスの男子労働者平均賃金(学歴計、六〇歳以上)相当額程度の月額一一万二四三三円を下るものではないと推認できる。義政は、本件事故の当日である昭和四八年一一月三日から同四九年七月二九日まで二六九日間玉井整形外科内科病院に入院し治療を受けたこと前記認定のとおりであり、その間義政は九九万四三三八円(一一万二四三三×一二÷三六五×二六九=九九万四三三八)の休業損害を蒙つたことが認められる。(円未満切捨、以下同じ)

(二) 後遺障害による逸失利益

前記認定の義政の後遺症の程度、義政の年齢等に照し、同人は本件事故により、その労働能力の五割を喪失したものと解するのが相当である。したがつて、同人の死亡までの逸失利益は、左の算式のとおり、一八三万三四二七円となる。

(算式)

一一万二四三三×一二÷三六五×九九二×〇・五=一八三万三四二七

(三) 死亡による逸失利益

前記認定のとおり、本件事故による受傷と義政の死亡との間の因果関係は認め難いから、右因果関係の存在を前提とする原告らの義政の死亡による逸失利益の主張は失当である。

2  相続

成立について争いのない甲第三号証によると、原告和枝は義政の妻、同将隆、同文子、同美津子はいずれも義政の子で義政の相続人であることが認められるから、原告らは、右義政の蒙つた損害を、各相続分に応じて、原告和枝は三分の一、九四万二五八八円、原告将隆、同文子、同美津子は各九分の二宛(各六二万八三九二円)、相続した。

3  原告和枝の固有の損害 四〇万三五〇〇円

(一) 入院雑費 八万〇七〇〇円

一日当り三〇〇円が相当である(二六九日分)。

(二) 入院付添費 三二万二八〇〇円

一日当り一二〇〇円が相当である(二六九日分)。

(三) 義政の死亡による葬儀費用、義政の死亡により原告和枝の蒙つた精神的損害に対する慰藉料の請求については、前記のとおり、義政の死亡と本件事故との間の因果関係については認め難いから、採用しない。

4  原告将隆、同文子、同美津子の、固有の損害

義政の死亡により、右原告らの蒙つた精神的損害に対する慰藉料の請求については、前記のとおり、義政の死亡と本件事故との間の因果関係については、これを認め難いから、採用しない。

5  過失相殺

よつて、原告和枝は、一三四万六〇八八円の、原告将隆、同文子、同美津子は、それぞれ六二万八三九二円の、損害を蒙つたことが認められるが、義政には、前記のとおり対向車の有無等を十分確認せず、急に道路を横断した過失が認められるので、衡平の見地からその蒙つた損害のうち、五割を控除するのを相当と認める。

したがつて、原告らが被告らに対して請求しうる損害額は、原告和枝において、六七万三〇四四円、原告将隆、同文子、同美津子においては、各三一万四一九六円、合計一六一万五六三二円となる。

6  損益相殺

原告らが、本件事故に関し自賠責保険金一六八万円の支払を受けたことは、原告らの自認するところであり、これに対し、原告らの損害額合計は一六一万五六三二円にとどまるのであるから、原告らが本件事故によつて蒙つた損害額はすべて填補されて余りあることになる。

五  よつて、原告らの被告藤田、同臼井きみ子、同臼井貞行、同臼井稔夫、同藤田恵美子、同錦見裕司、同錦見勝美に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。

第二  原告らの被告共済に対する請求について検討する。

一  亡臼井義一が、被告共済との間に、昭和四八年一〇月三日加害車につき共済期間を同日より一年間とする自動車損害賠償責任共済契約を締結したことは、原告らと被告共済との間で争いがない。

二  原告らは、自賠法五四条の五、一六条(被害者の組合に対する損害賠償の請求)に基き、義政の死亡により、同人及び原告らの蒙つた損害について請求しているが、本件事故と義政の死亡との間の因果関係については、これを認め難いこと前記認定のとおりであり、義政の傷害による損害についても、前記のとおり、既に填補されていることから、原告らの被告共済に対する請求は理由がない。

第三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老根遼太郎)

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